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_月

雲が遠くどこまでも広がって、その様は、
あらゆる濁りを溜め込んだような、
どんよりとして暗く、仰ぐ人を不安にさせ、
来る空の翳りに人々は、
身体を吊り上げられるような心地から、
片手の傘に一先ずの安心を掴む。
夕焼けもなく、雨もなく、
夜へ深みがただますなかで、
鼠の染みの輪郭が、ますます一様にぼかされるとき、
人々は瞳を小さくして、果てしない未知の色彩よりも先に、
一抹の明かりに自ずから呑まれてゆく。
時計の針の一刻は丁寧に、必ず急ぐことをせず、
木鳩は人間の行いを、誰に対するのでもなく告げている。
夜のネオンが鳴って、ポピュラーソングの音を踏む。 
誰も通らなくなった小径から、ひっそり聞こえるクラシック。
人々はいま、何を考えているのだろう。
ポツンポツンと雨の代わりに夜の疑念が俄かに起こり、
傍を過ぎる人々の背中を見て、だけど何も知ることはなく、
知らされることもなく、僕は片手の傘を見て、
ポツンとひとり、信号の変わるのを待つ。
人々が僕と同じように考えながら、
僕と異なったものを見ている、
それはまったく不思議なんかじゃない。
人々が僕と同じものを見ながら、
僕と違うふうに考える、
それはとても不思議なことで、
耐えられない不安がそこにある。
冷えた玄関の匂いが子の刻を知らせ、
一歩一刻の緩やかな流れは時を変えず、
闇夜に溶け込んだ想念は広大な天井にこもって、
月の薄光は、誰の目も醒ますことなくゆらめいている。