「気つけてな。」
男面して帰りゆく、彼方の背中を追って走った雨の夜。結局、息を切らして立ち止まったとき、私は遠くも近くも定かならぬ何処かの住宅街に入り込んでいた。通塗の塀があたかも向かいあって目を合わせるように奥へと並なる夜道があった。寂然とした自動販売機と電灯の点々とした明かりだけが、あふれだすような哀情の燻りをなんとか抑えている。私の身体は濡れて重かった。立ち止まって自分の身体の所在を確かめると、腕に脈々と動線を画く雨粒が、肌に浮いた血管のうえを過ぎ、手指を走り、指先を離れ、いっそう重く、涙が落ちた。
感情の由来を探すように奥を見上げると、雨雲がほんのわずかに夜空から浮き出ている、ちょうどそのあいだから輪郭のぼやけたまろやかな光りが見えて、私は恥ずかしい気分になった。淋しい気持ちだった。なんとかしてよ、強くそう思った。心地良い夜風と共にいつも眺め見る月を、いやに大人しいと、このとき私は思うのであった。