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八月の散歩「坂道」

四角い水槽の中の魚ではいやだ、金魚鉢の中の金魚がいい、と浅野は考えた。それにしても金魚鉢は居間の真ん中の台の上に置かれていて、誰かがその中を睨みつけると、向こうの中庭から風が舞い込んで音が鳴る。風鈴の音が時をまたしても囲い込むように定めたとき、美しい瞬間がちらりと見返る。そのあいだ、そこから外れたところで知らぬ時がゆるりと流れるのだが、それは真昼の猫の戯れだった。金魚鉢の中の私は八方に体の向きをくねくね変え、それにつられて覗き見る誰かも動いているようだ。奥の方から声が聞こえる。お母さんの声だ。お母さんが女の子の名前を呼んでいる。私かな、と思い浮かんだが、それには違和感があった。私は金魚なのだ、じゃあ、目の前の女の子は誰なのだろう。浅野は夢想的な疑念から弾かれるように空を仰いだ。真昼間の坂道で蝉の鳴き声が降り注ぐ。懇意にしている甘味処の玄関で、浅野は透明な金魚鉢を覗いていた。

私がもし大人になるとき、きっとこんなに透明なんだろう、と浅野は思った。浅野が思い描いたのは大海でもせせらぎでもなく、鉢の中の水たまりに過ぎなかったが、そうした世界の本当の狭さを知ること、それは彼女にとって夢想に近い興味に違いなかったが、ひとつの希望でもあった。坂道を登るように目をやると青い空が混じり気なく見える。陽の照りつける中を彼女は踏み込むように歩いた。汗の雫が臍の辺りまで流れるとタンクトップに染みる。歩いてきた道もだらだらと流れるように視界から、そして記憶から鈍く消えていく。坂道を登り切ったところに街の長い表通りの商店街があり、街灯に猿や鳥の像がぶら下がっている。通りの奥に駅が見える。駅の向こう側には学校があり、今は夏休みだから、部活生が汗をたらたら流しているのかもしれない。強い陽射しと汗は人を、特に外見を気にするような人を不快にし、それでよく不機嫌な友人から不当な怒りをぶつけられたりもするし、日照りで熱くなり、汗で濡れた身体の状態が不愉快で、それで自分だって注意散漫になることがよくある為に、浅野はやはり夏の日照りが苦手だった。滴る汗によって身体が活気づくこともあるとはいえ、日陰があれば入りたい。

表通りの街路樹の木陰の辺りで乞食の男が項垂れて、時には通行する人たちの顔を見つめながら、いつも両手を合わせて物を乞うのを見る。しかし今日は、乞食の男はうつ伏せで倒れている。死んでしまったのだろうか、と思うほどにしんとした身体だった。この光景は幾度か見ていたが、通行する人たちはみんな気にしていて、そして私もそうなのに、どうすればいいのか、彼に何をするのが最も良いのかを全く知らないし、知ることができない。そうして心が立ち止まっているとき、黒いヒジャーブを巻いた女性が見えた。何が目を引いたかといえば、向こうから歩いてきた彼女の悲哀の表情だった。そしてやはり彼女の視線は乞食の男に向かっていた。見目形麗しき女性が去り気なく紙幣を取り出すところで、浅野は彼女のそばを通り過ぎた。彼女の哀しみの表情が浅野の目に焼き付くと、振り返ることはできなかった。薄らぐ印象をいまだ手に取るように触れながら、浅野はそのまま前へ歩いた。散歩はまだ始まったばかりだった。少なくともまだ終わっていない。まだ自信も、疑念も得失してるわけでない。まだ、そう、まだなのだ。浅野は駅前に至ると、白亜の店内の優しい光に包まれている喫茶店へ、吸い込まれるように入っていった。これから少しの時間、本を読もう、というわけだ。誰も知らない私のひととき。それは宇宙を高度に彷徨う塵のようなもの。