時間は過ぎ去っていく。客は入れ替わり、そして私を残して誰もいなくなっていた。鉛筆の芯が丸い。なぜ鉛筆を使うのだろうとふと思うことがあった。私は少し心許ない気分だった。今すぐ出ていけば、これ以上客は来ないだろうと諦めて、テーブルも食器もお店のぜんぶを片付けてしまえるのに一人暢気な客のおかげでそれができないと店主のおじさんは考えるだろう、そのように私は臆測したのであるが、店主は椅子に座って眠っていた。牛本革張りの高貴な揺り椅子は店主専用として、私の座っているスクールチェアはどこかの蚤の市で入手したのか地域のものではないデザインで、塗装もはがれ落ち、脚部はゴムがなく裸足であったから床には擦り傷が自然の為せる技と言わんばかりに豪々とついていた。私は床に落ちたボールペン、これは何かの中途に湧いた思考を書き留める為のものであるが、それを拾うと、ノートと一緒にリュックサックへ放り込んだ。そして読みかけの本を無用にパラパラとめくると、それも荷物の中に収めて、私は立ち上がった。ごちそうさまです、と誰もいないカウンターに向かって言った。奥の部屋からマダムの夏樹さんが来てくれた。ありがとうございます。「英語話せるの?」と夏樹さんに聞かれたが、トーストを持ってきた時にきっとノートに書いてあったローマ字の文章を見たのだろう。
「あれはドイツ語なんです。」
「あらそう。ここ、外国人のお客さんもよく来るのよね。」と言って彼女は笑った。確かに外国人がこの喫茶店へ寄るのを見かけるし、さっきは玄関の前で店内の様子を見ながら立ち止まっていた外国からの旅行者がいた。さすがにドイツ語を話す人間も、ここでは英語を使うだろうから私は申し訳なく思った。最後に「あ、パンが少し焦げちゃったけど、ごめんなさいね。でも、あれはあれで美味しかったんじゃないかしら。」と言った時の夏樹さんの粋な洒落は私の心に快活を与え、ああ、もっとこの場所で憩いの時を過ごしたいと思わせた。ところで街には色々な喫茶店があるという。街中を歩いて見つけるものでも、雑誌で特集されるものでも、網羅するのが難しいほどだ。とはいえ、それらを網羅しようという意気込みと身も心も落ち着く喫茶店へ行くのとでは目的地は同じでも規定される目的は異なるものである。周囲に他の誰がいようといまいと私の空間というのは、その場所が現代的であるか、或いは伝統的であるか時代錯誤であるかということに深く関わらないでただ私との距離感から得られるものかもしれない。部屋、家、近所、地元、それから様々な社会的ないし政治的な線引きが私の行動範囲と感情の濃密度を測るのに役立つ。家から遠いところにいるとき、私は同じ道を歩き、同じ場所に行きたがる。普段と違う道を歩くことはどんな時でも好奇心を満たすが、いつも違う道を歩くことは私を決して満たさないで、時に疲労させるだけである。夕空は広い雲をまとい始めた。太陽は依然と丸々としている。外気を浴びて、くすぐるような、より淡い陽光を全身に感じたとき、鼻がむずむずし、私はくしゃみをした。