玄関を開けて家の外に出ると、日射が強く歩きづらいと思った。親から散歩を促されながら、あるいは自分からこっそりと支度をして、適度に毎日散歩をする。初めは散歩とは思わなかった。邪魔だと言わんばかりに母親がしきりに「外出許可」を与えるから追い出されたとしか思わなかった。それは自宅に早く帰ってほしいと思うようになると、客人へそれとなく時間の早く過ぎ去るのを嘆いてみせる主人と同じだ。最初は家から追い出されたことに対する苛立ちで自慢の早歩きになり、それで歩く距離も時間もあっという間だったが、二年ほど継続していると次第に寄り道というものが多くなった。二年も経ったのか、と思う。散歩をする以前は実感できないほど走っていたのかも知れない。憶えていない。家から高校まで路面電車で四分の三時間かかるが、私は徒歩通学。寄り道をするようになって平日の授業を欠席するようになった。休日の散歩が平日の徒歩を豊かにしているのである。幸いにして、今やその余裕にとやかく言う人間はいない。いるとしたら、私を知らない町の人間だろうか。私を知らない町の人間にしても、私を見てとやかく言う者はいない。そのような人間が仮にいるとしたら、彼を町の人間として捉えるだろうか、彼は町という存在の代弁者だと少なからずでも言うだろうか。教師にはちゃんと一限目の授業の前に「休みます」と言うか、或いは「休むかもしれません」と言う。時々「休みました」とも言う。先生はそのとき、そのことなら知っている、という見透かしているが故の大らかな態度をとる。欠席理由をいちいち告げるのも面倒だから、私が寄り道の可能性を見出した時のその日には、これから寄り道をして学校を休む日があるかも知れないというのをクラスの担任に宣言していた。その時の田口先生の顔は答えの与えられていない顔だった。優しく人間に接する自分と教師としての自分とを互いに衝突させたような、一見臆病ではあったが、賢い人間のそれだったかもしれない。
「お前の通学が非道く怠けて惰性によるものだったら、それか堕落でもしてみろ、その時はお前、家にお迎えが来るからな。」
「それはリムジンですか。」
「私の車だ。助手席に教頭先生が乗っている古めかしくて夜に出てくると怖い車だ。」先生の言葉は最後の辺りで薄っすらと揺れた。怖かった。
「そんな車が見えたら、怖くて走って逃げます私。」
「走ったら追いかけたくなるだろう。逃げるならこっそりと逃げるんだ、そのくらいの余裕があるといい。」
私の心は息を吐いた。先生は、最速で学校に到着する通学路をもっともっと広く、長くした。私に自分自身の通学の機会をそっと与えるように。
私は家の門を越えて表通りへ向かった。夏休みになると町の景色や人の姿が少し違うように見える気がする。