老年の高貴な声を聴けば、私にとってそれは瞑想のようなものである。シューベルトの即興曲が孤独な家から聴こえてくると、もう残ろうとする影もなく、砂のように跡形なく消え去ってしまう微笑みだけが思い浮かぶ。ありがとう、さようなら、という声もなしに行ってしまわれた。その代わりの音楽も終わった。十月もやおらに寒くなり、街中の喧騒を少し遠くから眺めたいという気持ちに私はなる。私の未熟な所作とは対照的な老心の如き精神の趣きが恐らくあるのだろう。それが全てではない、現在の心境は目立った真理を示すことなく、とても秋らしいと私は思う。