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風の糸

風の糸が螺旋を描いて飛んでいくのを、ポッケに手を突っ込んで立ち止まったまま、赤信号の下で見過ごす。ノートを忘れ、やってしまったと諦めた。車が走るのを止め、信号が青に変わると、電車の到着予定時刻の表示板が更新される。いつもの電車はもう出発してしまった。きれいな女は人間味を滲み出して走るも甲斐なく、息を整えながらホームの奥へ消えてゆく。私は横断歩道を大股で闊歩する。ゆっくりと、止まることなく、すみやかに、弾むような一歩が勇ましく見える。空を見上げると、朝の目覚めの吐息に隠れる陽射しを他所に、鳥たちが世間話で日を更かして鳴いている。箒で枯葉を集める人を通り過ぎ、坂道をのぼる、大学生を追い抜き、小学生のむれを追い越し、おじさんにも容赦なく、私は朝を爽快に突き抜ける。ポッケから手を出して、耳に挿したイヤフォンを抜いた。立ち止まれ、時よ、退屈に満たされた随分と醜い体躯をさらすなよ、おとなしい声を掘り起こせ、目で聞くものを叩き出せ。静閑のひと筆を目で追うと、私はまたイヤフォンを耳に挿して、ポッケに手を突っ込む。なんて無防備な人間なんだ、草原を裸で走るように、全てを忘れ果てるかのように、だらしのない息を吐く暇もなく、順序よく並んだ数字を易々と心は飛び跳ねる。きれいな女はついに電車に乗ったが、夜にまた戻ってくるだろう。時計は見たり見られたりしながら順調に針を進めている。きれいな女は電車を降りて、改札口からビジネス街へ消えてゆく。時に飛躍的な弾みを感じながら、私は横断歩道を大股で闊歩する。さきほど出逢った風の糸の、端麗な恋人が私の前を飛んでいくと、私はそれを目で追った。風の糸は互いに絡み合う、強く結ばれ、穏やかな陽気に包まれる。微笑ましい、小躍りする朝は。駿馬の如くたくましく、どこまでも突き抜ける、瞬刻の光を照らす。