自分の顔
彼は突に髪をあげるなどして顔を隅々まで顕すと、その顔を目の前の水鏡で眺めた。翳りのない幼い顔である。右手で頬を捺さえながら伸ばして、その変形した顔を又も眺めた。幾分、魅力的である。彼は自分の顔に対して、嫌いとも好きだとも思わない、思いたくないとも考えていた。どうしてか、と私が尋ねてみた時には、彼から発せられた返事とならない言葉がまるで初見様の鳩のように思われた。近づいて掴もうにも、早々に飛び去っていく。その先き行方知らず、なんて。「なぜ?」人間なのだから好き嫌いを思わないはずもない、私にもそれは分かっていた、それなら、どうして思いたくないのだろう、私は彼の俯きがちの、沈思と覚束ない横顔を傍目にそう尋ねた。「どちらも辛いですから。」と応えた彼は顔を上げて、そのとき、彼の視線は遠くへ延びていった。私は彼がおかしい、と思った。余計であると思っていた。彼にはー恐らくどの人間においてもー自分の顔を好きな時と、自分の顔を嫌いな時とがあって、その間の淵にこそ、彼の傾向があるのでないかと、思わずにはいられなかった。彼は外見に消極的な、或いは歪な形で拘り過ぎているのだ。顔の可愛いなどと褒めそやせば、瞬く間に甘えんばかりとなる人間なのだ。愛おしいが、脆い。私は彼の目の前に現われた。どんな人間も魅力的な部分を顔に見出すことが出来る、そう思っている自分が、どうして彼の顔を見ると、その愛らしさに取り憑かれてしまうのか。彼の魅力の故に、では決してない。だとしたら、なぜ?
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otonarikaminari