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郷里

私は郷里へ帰った。東京から新幹線に乗って。夜中に到着してそれからすぐ家へ向かおうと久しぶりの電車に乗ったとき、何処からともなく聞こえてくる方言に懐かしく反応するのを良いと思った。嬉しくなって微笑みそうになる。周りに見える人々を近しい人として思うのも、私がこの郷里というものを思い出しているからだろう。この今日に特別な電車は、まっすぐに、迷いなく、私を安心の底へと運んでいく。電車から降りると見慣れた未知の風景がある。誰か知った人と遭遇しないだろうか、という期待が私の胸のうちに潜んでいたが、それは誰も居ない夜道を歩くうちに家族の面影へと変わっていった。かつて住み慣れた家の灯りだけが全く消えているような、そういう気がした。私が玄関を開けると、電灯が囲いの中の全てを明かすだろう。また物に溢れ、人の忙しき合間から雪崩れ込んだように隙間なく要らぬ物の重なっているのが決まって見えるのだ。夜の大翼が木材の唸りをきっと起こす。「カサブランカ」のDVDが机に置いてある。芥川龍之介の全集や川端康成の著作などが棚に手当たり次第で置かれている。そのくせ、十八史略や太平記の並べ方は格好が良い。東京で彼是を経験した私は雑多な物の中からコイツ ーというのは家のことだがー の性格を少しばかり知り始める。祖父母の家の財産整理をしてる時のあの発見というものは心の躍るものである。私の生まれ育った家でそういう体験をするというのはなんだか可笑しい。何れ程に慣れた場所の中であれ、人生これから知ることの方がきっと大きくて良い胸をしている。私は其処へ走って鈍と頭でも打っては如何だろう。尻餅の格好になったら、そのとき何を見るだろう。しかし、見知らぬ場所が私を待っている。恐らく其処は郷里と違って電気が見境なく無数の神経となって目の前を走っている。巨大なモンスターが私を呑み込むなら、私は其奴の変梃なお尻や鼻などの穴から出たいと思う。私を呑み込んでしまうような、そういう怪物というものを私以外の誰が生みだせるというのだろう。もう私は眠くなってしまったのでこの辺で続けるのを止しておこう。いつ帰ってきたのかも、すっかり忘れてしまった。