archiv

流れる

昨晩はたくさん泣いた。本当に泣くときって、こんなに無我になって涙が溢れ、過呼吸は止め処なく、止むを得ずというような勢いで、たくさん泣くのだなとなんだかとても久しい思いもする。まるで嵐が来て雨が降り、雷が轟けば風が皮膚を引っ掻いて、思う間なしの大嵐が空白の永い時を連れてくる。何もが落ち着くころには、身体は本当に無気力で、メールが来ても見ることができず、ただ薄ぼんやりと目を開けて、次第、次第に身体ごと閉じていく。本当に落ち着くと、嵐の去った後の美しさがある。そのとき、泣いているあいだ自分が何を見ていたのか、分かる気がする。そのとき恋人を確かに思っていたけれど、自分はきっと感情の本当を見たように今は思う。自分自身の感情と向き合っていた気がする。嵐の中で私は、私自身と闘っていたのかもしれないという、幾何学模様に寄せる信頼に似たものを感じていたに違いない。それから、太陽が昇って花が咲くように自然と瞑目した私は、無気力のまま眠りに就いた。嵐の中で私と遭い、私と闘った者の眠りだ。目を醒ますとやわらかい風が大地を滑り、嵐の去った後の美しい静けさに、落ち着いた心の吐く息に、瞼を赤くした私は包まれていた。太陽が赤児を抱くように。 約束を破られて、ただそれだけなのに、ただのそれだけで、自分の感情は激しく起こってしまった。悲しいとか寂しいとかよりは、何とも言えない大きな感情が些細なことで激しく沸き起こる、そして太陽が昇るころには既に落ち着いている強さもある、だけど、他人の情とは凡そ無関係に繰り返されるだろうこの自然の感情を思うと、どうかして、生きるのも億劫になってきた。