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昔噺

時はむかし、ある小さな村に若い男がいた。その村は大きな川を挟んで都に近く、さまざまな行商人が都へ向かう途中で憩いにこの村へ寄るのである。若い男は彼らを楽しみに待っていた。
あるとき、一人の行商人が村へやってきた。それを聞いて若い男は跳ぶように彼のもとへ向かった。行商人に会うと直ぐさま掘り出し物を窺った。

若い男: なにかいいもん見つかったかい?都へ売りに行くと肝に決めたんだろう、それくらいあるもんだ。

行商人: ようわかっとるわ。そうだなあ、これなんかどうだ。硝子細工の鏡が割れて生まれた破片でさあ、こいつを水に浸すとな、ほれ!

若い男: おい、破片をどこに隠した?

行商人: 違うな。見えなくなるってやつさ。お茶に浸しても、温泉に浸しても同じ効果がある。

若い男: 驚いた、こりゃ凄えェ。これで関所も泳いで潜れば手持ちなしでも抜けられるな。まあ残念ながら鏡さん、お前だけしか適わねえもんで、鏡は鏡、蛙は蛙で人は人だ。

若い男は更に袋の奥が気になった。行商人が上等な態度で品物を出していく。なかなか奇妙奇天烈で面白いものばかりだったが、どうも男の心にはあと一歩届かぬものばかりだった。我楽多みてえなものばかりで、碌なもんがねえ。結局、男はそう思った。そんなことを思いながら、やけくそに物を弄っていると、我楽多にもならない、むしろまともな五味でも迷い込んだというような竹筒が見える。

若い男: なんだいこりゃ、こんなものまで都で売ろうってかい。魂消たごまかし、とんだまやかしだ。これが遠くまで見えるという優れものだったらなあ。きっと、夜空の女神の陰部をさらけ出すってくらい偉大に違いない。なんてな、道具は人に従うもんでさ、たとえどんなに恋人と離れていても、この透き通った恋心で、あのおセンさんの姿も見れるだろうによう。

行商人: なあにお前さん、しみじみと涙目になりやがる。この竹筒、耳に当ててどうにかこうにかするらしいが、俺にはちっとも分かんねえ。ただのいんちきかも知れんし、もしかしたら、神族のみぞ使える神器だったりしてな。

若い男: どおれ、耳に当ててみようじゃないか。

男は竹筒を耳に当てて、精神統一と言わんばかりに口を結んで黙った。

行商人: どうだか、教えてくれ。

若い男: うるせえ、静かにしておけ。

若い男の顔にはだんだん皺が濃く現れてきた。男の表情は険しかった。何かを無理やり聴いてやろうとでも言うようである。しかし、男はそれからしんとした雰囲気に変わった。歌人の心を会得したように若い男は竹筒から聞こえてくる音に耳を傾けた。

行商人: なんだって急にそんな心地好さそうな顔をしやがるんだ。お前さん、なんとか言ってくれ。

若い男: 川のせせらぎの音が聞こえてくるが、それは川が近くを流れているからか? 鳥の鳴き声が聞こえてくるが、それはあの木の梢に止まっている鳥が鳴いているからか? 

行商人: もし俺の声が聞こえるなら、それは俺がお前さんの隣でお前さんに物を言っているからだ。

若い男: だがよ、なんか変な声が聞こえるんだ。変な声というより、声の聞こえるのが変なんだ。

行商人: そりゃ俺とお前さん以外の声しか聞こえまいからな。他にどんな声があるっていやあ……お前さん、若しかして……妖怪かも知んねえぞ…

若い男: 妖怪が、こんな真っ昼間の平穏なところに顕れるもんじゃねえ。ただ、なんつっていいか分からんでよ、なに言ってるかも分かりゃしねえ、俺には、この声が速過ぎるんだ。

行商人: 俺にも聞かせてくれ。俺の耳はどんな言葉も受け流すほどの激流を持つからな。それに合わせりゃ丁度良いってこともある。よし、何々……。

あたりはとても静かだった。せせらぎの音が聞こえ、風が鳴り、鳥が可愛らしく鳴いている。川の向こうには都へ遊びに行き交う人むらの音が微かに聞こえてくる。若い男と行商人のあいだに流れる空気はまさに長閑だった。

行商人: 俺にも聞こえるぞ。俺にも確かに声が聞こえる。聞こえるっちゃ聞こえるが、聞き取るのは困難だ。だが待て、いまなにか分かったぞ。しぶや……はちこまえ……まちわせ……チッ、何にも分かりゃしねえ!

若い男:おいおい、あまり乱暴にすんな。俺がこれを買い獲って、この謎謎を解いてやる。それに、若しかしたらだが、俺たちの発する声が、この竹筒の中で、鳥の鳴き声や風の音とやらの色んな音と混ざりあって、それで人の疾風のような声が出来るなんていう......

行商人: 遊戯物、奇妙奇天烈な我楽多には変わりねえってことだな!

若い男と行商人は声を出して笑い合った。まともなもんがねえな、と竹筒を両手で持った若い男は行商人が都へ行くのを見送った。次はもっと良いもん頼むぞ。若い男の声は、まるで夕暮れどきの鴉の鳴き声さながらに空へ響き渡った。