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待宵草

夕どきの野花のひとつに私を見た。しんみりとそれは時を揺らがせた。余りの天賦の才を曝け出した私は、過去の陰りを何一つ残さぬ、ひとりの若々しい亡霊であった。
野原一帯に群がる草花も、冬の衣を身にして生命を仄めかしているが、私は裸足のまま、白々とした肌を薄赤く燃やしてあった。仁王立ちに構えた若造の眼に、怒れる獅子の老練を重ねた瞳が見える。野原は途轍もなく大きく広がって、鈍い風は手で切れそうなほど膨らんで真奥の頼りなげな森へ寄り入った。夕暮れは宵へと変わり、己の無力に泣きながら萎んでしまったのだろう、大地に横たわる風の皮が脚元を微かに撫でるように触れ、まもなくそれは息を止めてしまった。私は左脚の踝を爪で時折掻いてみせた。うずうずと亡霊が蹲る。いつの日か、夜の一刻が私の一滴の血を落とそう、そのとき、雑多な街をなんとなしに好むような、そんな垢だらけの不毛な認識をもつ人々は、もはや夢など見られやしまい。目の前の現実が鮮やかに輝いてみせるので、どうしてもその光の奥を見たいと目を凝らすのだ。彼等は何を見るだろう、その時、彼等は何と言うだろう。私は嬉しくなって真似をした。
「やあ、お早う!」
 私はその出来の悪さに腹が立った。そんな戯れに何度となく更けるうち、私は眠くなってしまった。徐々に身体が局所で制御され、私は人間お馴染みのあの姿勢になっていった。自信で満ちた湾曲の月が空に見える。綺麗な月の輝くのを見て、私は少し寒さを感じた。そのとき、獅子が暗闇へと歩み始めていたのに、私は気付かなかった。

透明

白い息が舞い散る 彼の背中の
ほんの僅かな温もりを
この手のひらもて掬い上げようと
西から東へ飛んでいく
そのあいだ 私を過ぎていく
幾万の物物が あっただろ
私の小さな肩にくっ付いた
二つの星が ころころと
まわっている
ここでも君たちは 相変わらず
いつでも私は 羽のよう
風吹け 飛んで
陽光に透く

将来

もうすぐ私は芽を出します。そのとき、あなたは私を覗いてくれるでしょうか。

声をひそめて

道に敷かれた紅葉を踏んで歩く。足も空も赤黄色。枝々は忙しく捻られて、幹は立派な脚を幾つもお持ちである。寒々しい冬も、未だ幾分の寂しさしか感じない。 師走の降り注ぐ時間が、私を其の、時の蜜と伴に深く地底へ埋めてくれないかな。雪溶けに覚醒して、あの新鮮な春風に吹かれたい。そのとき私は真っ裸。なあ、私は陽気が欲しい。冬のソレは眩しくって儘ならないから、もっと柔らかいのを。冬の食器棚に陽光射す、無用に並べ立てられた硝子壜が弱々しい。そう、かつて、そこは稀代なる王国でありました。初冬のあいだに消えちゃった。眠くてだらけて夢底に立つ、眼上の葉が老いぼれゆくのをみるにつけ、来る萌芽を想起させます。

年果て、晩冬。

冬は寒い。どんなに新しい人間でも冬は寒いという。部屋の中は暖かい。物の無い部屋である。この部屋を事細かに描写すれば、一段と寒気が強まるような気さえする。この部屋の夜は丸い、そもそもが暖炉であるような雰囲気を持っている。私は、その中を動き回っているというわけだ。が、寝静まって朝を迎えると、部屋の空気は凝縮されて私と伴に震えるようである。点である。何時まで私がこの部屋、この場所に慣れていようと、この月の朝は、冬という世界が私の寝顔の傍にあるみたいで、手足一つでも遣わそうものなら、と、私はこの影にさえ怯えてどうも動けない。人の世の軽きに見とれているうち、晩冬の重さは陽光さながらに流れ込む。悲劇と喜劇と云うように、軽きと重きとがあり、その二項があればこそまた、侘びと寂びとがあるのだと、私は思う。

footlight

外国語しか適わない小さな部屋での長時間の拘束は、私の匂いを鮮明にした。幾多の鎖が私の肌に食い込もうとするあいだ、さながら夜空に昇る小さき星、私は自身の自由をその暗闇の孔から覗き見るように、滲む復古の血滴に微笑んだ。そこの星よ、お前と少しのあいだ、話していたい。暗闇という暗闇が地の底へ引きずり込まれてゆくその時まで。私はもはや、というのは、お前を今見つけたのであるから、此の暗夜の舞台で、真っ昼間のように愉しげに踊る必要がない。嫌われないでいようという、浅はかな水溜まりに映えるのは、幾万の手垢の、何でもない模様に過ぎない。日に稀な行いの為の、如何なる着飾りも、いずれ私は投げ捨てるように出来ている、そういう自己を、私は、見出した。還るべき土は誰にも掘られぬよう堅めおき、立派な芽の出るよう豊穣たれ、と。