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個性というもの

身に過ぎる恋の為に、兄姉の当然の気遣いの為に、我が身の未熟の為に、私はとても苦しくなる。その生きづらさは平凡なそれだのに、私はどうかして心臓の打つような苦しみを纏っているという気でいて、我儘が私の衣であるとさえ思ってしまう。私はどうしてこうなのか、そうした抜け口のない疑問に締めつけられてしまう。未熟が未熟のままに成長していくのは、私の所為なのか? 私の所為で、他人どころか自分までも苦しめている。私は爪を噛み続け、声はひ弱に、言葉はまるで鳩の群れ、疎らにパン屑を追い求めるような技巧ちなさ。人はこれを兎角性格だの個性だのと認めるが、そして私もそれへ乗ずるが、あゝ己が性質を見誤るな。脱げ、脱げ、脱げ、所構わず生え茂った雑草を抜くように。我が身に因んだ人格が、土深く、真っ暗闇へ本性を押し込めた。私に基づく限り、そんな野性は根絶やしにすべき。

四月

君も眠いだろう。私もそろそろ穏やかな眠りに近づいている。月日の行方に従って、我々はもう少しで眠りに就く。夜更かしと睡眠に挟まれて、我々は次第に潰されてしまう。刻みよく鳴る時計の音もぼんやりと、ぼやけて、ぼうっとするうちに失くなって、我々はまたすぐ未熟な童子さながらの表情で日が昇るのを見るであろう。
頼りなる柔らかい寝床の、その心地良さに思わずうずくまった朝寝も、これから起こる風を長閑に読んで、種蒔き萌芽に寄せた繁く期待も、春の暮、四月は優しく受け入れた。
蜂たちが準備をして、蜂の巣が春風に紛れ込んで忙しなく揺れている。私は香り落つ晴空を見上げて、君を横に寝そべりたい。どんな本を読もうか。本を読む私を横に寝息を立てる君がいる。常しえの陽のもと、私のぬくもりで君を抱いていたい。君が起きたと識って目覚める朝の静けさ、私は好きだ。移り変わる時期ゆえの不安も、我々はすっかり消してみせた。早とちりの似合わない四月の夜が延々と広がっていくのと伴に、眠りの扉は閉まってしまう。芽出たい心持ちがその窮みの時で見たものは、これは、澄みきった端午のひかりだ。八方に延びる光線が形を変えながら私の眼を映し出す。次第に光の重なりあって、二と一と、私を君を、迎えに来たという。

買い物に付き物

尿が漏れる!デパートのトイレはいつも人で埋まってる!其処に馬が居たらなあ、脚元めがけておしっこかけるのに。此処に燃えさかる炎があれば、無邪気に消してみせるのに!用を足したら退いてくれ、私は出番が待ち遠しい。一刻の争いに国は動くに鈍過ぎる、谷は到るに深過ぎる。アイドルと握手するより軽やかに、速やかに!お店の行列とは似つかわしい。我慢の出来ない若心。心に用はないけれど。手荒な脚光にご用心。買い物袋を頭に乗せて、落ち着き払えば想像の海。

静粛に、静粛に。それはなんだかすっきりしたみたい、そんな感情。一日雨が降りきった、その翌日は心と空の歯車がよく噛み合う。人間はみな眠た気で黙っていた昨日、隣に通った婆さんが臭くて堪らなかった昨日、明日は太陽が吾々を隅まで照らすだろうかと部屋で耽った昨日であった。夜が更けて目が醒めたらすでにお昼、穏やかな天気、晴れ。自転車は勢いよく走っていくし、時計は飛び跳ねるように進んで、私の目もグルグルまわる。そうか、私は買い物に来たのであった。買い物袋を頭に乗せていたのを、すっかり忘れている。これからブリュッセルに行きましょう、と何処かのませた小僧が言った。便の起つ小僧であった。

作法

他人と関係して初めて人は何者かになるらしい。しかし私は無知ゆえに誰にもなれないだろう。私の知識はその為に充分に機能しない。私が誰かであるとき、其処には必ず欠陥が伴う。私は極めて純粋に近いが、また野蛮でもある。誰もが私を負わずには居られないし、それでいて私には何も期待し得ないのである。人は数多の歳を重ねて火の扱いを覚えたとあるが、その火は心のそれよりもずっと大人しいのだ。

人間関係

風のように軽く柔らかいキスが、私の心を恋の浅瀬へと導いた。清涼の輝きが万遍に私を包み込む。私は嬉しかった。それは彼女の何気ない振舞い、特別な意図のない心に違いなかった。そのとき私は気づかなかった、私の心の中で何かが小さく燃え始めたのに。心のうちの複雑な森の奥で、小さな光が鮮明に見える。それが明日に消え失せるとはいえ、暗い森の花々が咲くに充分である。私は彼女を愛している。そして私は極めて些細な喜びのうちに、永遠の愛を見ているのである。それにも関わらず、彼女は依然として遊び人である。私の見えないところに彼女がいる限り、私は悩み続けなければならない。しかし私は相変わらず彼女のそばへ寄るのである。彼女はきっと私のことを知らない。従って、私も彼女をその部分において知らないのである。虚しい。彼女が彼女の故に私を決して理解できないならば、それは明瞭な挫折である。私は挫折を信じていない。しかし、私は実に不安定である。彼女に聞く必要があると云う、然し彼女の本音は期待できない、なぜなら彼女は自分の考えなど全く持たないのだから。
私は人を愛したいと思った。この雑な願望が実に私を不器用にしたに違いない。

雑記

Ⅰ.

一秒前まではコップに半分程であった奴らが、一秒経てばコップをいっぱいにしている。さらに用意したコップも、次の一秒で満たされてしまう。一人の人間がこの無限の連鎖に引きずり込まれてしまっては、生きるということすら忘れかねない。たとえその欲に人間らしさを見出したとて、それは求められるべきでない。人間らしさ、日本人らしさ、そうしたものを観客は見るが、舞台上の人間にとって、それは表面的なものである。この意味が判るだろうか。第三者の意見、客観的な意見とは夜空より輝く星を占うに同じくして、仮りにその意見の達成を求めるならば、自身のうちから輝く光はその力を失うのだ。


Ⅱ.

時間は過ぎ去ってしまう。誠に幸せな時間もいずれ果てる。そうしたことを考えるほかにはどうしようもない人間はその悩みのうちで如何にすべきだろう。恋という感情で愛を強固に紡ぐなら、幸せという感情で何が創造できよう。今、私はそれを考えている。それが判明したならば、きっと過ぎ去る幸せは哀しみでなくなるのだから。