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秋の棺

秋も頼りのない曇り空が似合うようになって、如何なれば草葉よ、木枯らし吹いて微動する。震えて泣いて、何が哀しくて墨の木陰に隠れたる。真似ては人も、光洩らさぬ暗き部屋で枕に縋りつく。飽きられては仕方ないと、臥した寝床の荒ぶ果てに、回転木馬の残りものが夢の中を駆けまわる。止まるな、動け、すべてが立方体に還ろうとも。止まるな、止まるな、歴史的建造物に埋もれた千萬の、透明なる死骸が冷ややかにほくそ笑む。 風吹き草葉の靡く横顔を、じっと見て佇むうちに今日の予定を思い出す。今日はどちらへまわるか知らねども、回転木馬よさようなら。風吹きことぶきの詩集を仮初めに見、何か善き、何か悪しきか、知らず、人間はどの方角を進んでも遥かなる同じ場所へ到るという、一個に過ぎぬ私には落ち葉を集めた棺の中が相応しい。その上で、新芽が出づるを夢見たい。冬に咲き、春に知られぬ花も、凛乎として美しいに違いない。霜山の峠を越えた春の香りを愉しむものよ、幸いなれ。

monochrome

花香はかげろい、山霧は鵺のように鳴く。時止まりたる濁水、疾うに朧月は過ぎ去った。冬めく夜の帰り道、うら若い乙女は私の手を握った。寂しそうに手を振って別れ合った、それからのすべてが気になりだして、思寝の涙を懐かしんだ。若き心の底根を摑む激情が、あの娘のかいなに潜んでいた。人児を育てる狼のような母のまなこの睨みが彼女で霞む。色褪せた秋風毎に葉の落ちれば、麗しきみめは水面さながら乱れなく、しとやかに呼吸する。煙草の煙で戯れ、串揚げ蓮根をかじり、日の短きを悟ったような笑顔を交わす。過ぎ去った面影が幾重にも連なり、陽を浴びた折、溶ろけるように落ちる期待、彼女と私のみぞ知る刹那は、それ以上の何事も伝えることなく、今は限りの貴さを遺して万朶の時をむすぶ。

更新

善き人柄は去りて知るなり
されど選るべきは彼ならず

秋深まれば彩りの影ひそむ
冬めく心に安らぎの衣服を与えよ

淋しき灯し火と共に思い沈み
海が心の内で涙するように
深く閉すように眠るがよい

想い出にこそ温もりは宿るものなれ
たのもしきかしこの焔は再びを得ず

去りし人の面影にあらざれば
かはたれ時の足音が聞こえるか

未明の唯だ確かな足音が
安らぎの眠りの中で蠢めいている















陽の光

青空を流れる紅黄色の星たちは秋風に耐えかね衣を変えた。それがまたお似合いで、天然のうるわしき素性があればこそ、多彩な音色を奏でる音楽家のように変幻自在の星たち、いつも同じ軌道を描いているように見えるが、それも彼らの不断の努力ゆえ。雲の浅海に燦々とわたる砂粒の如く小さな星々の微笑みに応えよう、心の奥底で渦巻くわたしたち自身の過ちさえも、やさしく照らしだす意志の光で。

風の糸

風の糸が螺旋を描いて飛んでいくのを、ポッケに手を突っ込んで立ち止まったまま、赤信号の下で見過ごす。ノートを忘れ、やってしまったと諦めた。車が走るのを止め、信号が青に変わると、電車の到着予定時刻の表示板が更新される。いつもの電車はもう出発してしまった。きれいな女は人間味を滲み出して走るも甲斐なく、息を整えながらホームの奥へ消えてゆく。私は横断歩道を大股で闊歩する。ゆっくりと、止まることなく、すみやかに、弾むような一歩が勇ましく見える。空を見上げると、朝の目覚めの吐息に隠れる陽射しを他所に、鳥たちが世間話で日を更かして鳴いている。箒で枯葉を集める人を通り過ぎ、坂道をのぼる、大学生を追い抜き、小学生のむれを追い越し、おじさんにも容赦なく、私は朝を爽快に突き抜ける。ポッケから手を出して、耳に挿したイヤフォンを抜いた。立ち止まれ、時よ、退屈に満たされた随分と醜い体躯をさらすなよ、おとなしい声を掘り起こせ、目で聞くものを叩き出せ。静閑のひと筆を目で追うと、私はまたイヤフォンを耳に挿して、ポッケに手を突っ込む。なんて無防備な人間なんだ、草原を裸で走るように、全てを忘れ果てるかのように、だらしのない息を吐く暇もなく、順序よく並んだ数字を易々と心は飛び跳ねる。きれいな女はついに電車に乗ったが、夜にまた戻ってくるだろう。時計は見たり見られたりしながら順調に針を進めている。きれいな女は電車を降りて、改札口からビジネス街へ消えてゆく。時に飛躍的な弾みを感じながら、私は横断歩道を大股で闊歩する。さきほど出逢った風の糸の、端麗な恋人が私の前を飛んでいくと、私はそれを目で追った。風の糸は互いに絡み合う、強く結ばれ、穏やかな陽気に包まれる。微笑ましい、小躍りする朝は。駿馬の如くたくましく、どこまでも突き抜ける、瞬刻の光を照らす。


日の終わりの静謐な部屋は風のように影を移しながら、あるものは人間の日毎の足跡を払い、ある別のものは箪笥の隙間にその身を潜ませ、魚の眠る静かな海のように、夜雲の途方な移ろいのように、物の未だ動く気配を見せている。人々の寝静まるあいだに書き与えよ、粗放な心を平たく延ばして記憶を書き留め、目覚めたものが机上のそれを覗くなら、真っ白な紙のその影が朝陽に透きとおる羽根を、瞬くうちに落として翔び立つのが分かるように。それは部屋の窓に霜を置いて、見慣れた日常の朝を見せる、乾いた指で湿った窓に触れるときのような、ひんやりとした朝を。円天に耀く冬の太陽がいつか私を全く照らすなどと思い上がることはない。輝きは人々の吐息に被さり、品の良い空気に満たされると、さながら焚火のように消えゆくもの、それは睡夢と同じで、二つの世界を跨ぐものでもない。朝を通り過ぎる白玉の月は、欠くことのできない不思議な帆布である。

時には

満たされない夜をただ延ばすだけで、朝は来ぬと目を瞑る。目覚めると全てが流されてしまったように思う、川の上流に点座する岩のように朝が如何なものかを、間抜けて忘れてしまった。もみじの天蓋から漏れる陽光もさだかでない。午後の衣を脱いで、冷たい風にあたるのが気持ち良いとさえ思うこの頃、夕刻は扉を開けるといつの間にか居なくなっている。また夜が来たと思い、朝は来ぬと安まらない。耳のそばで音が戯れると田舎の情景が目に浮かび、朗らかな心地になったり、じっとしていると、散歩ながら遠くの町へ辿り着いてしまったときのような寂しさに出逢う。時経ちて鳥が鳴き始めたとき、温めた牛乳を飲む、朝陽を浴びて目が覚めるように、暖まる身体のなかに朝があった。

秋の心

月は頭上に潜み、風は冬を見越したように籠りがち、女は池沿いを歩き、向こうの男は友とよこに並んで、坂道を静かに歩いている。紅葉の枯れたのが私の足元で乾いた音を立てた、亀裂の入るような音が道肌に幾筋の枝を広げ、稲妻のように消える。遥か遠くの萌芽のような営みが今ほど目の前に現れたと思えば、懐かしい花山の幻想が蛍のように煌びやかに揺れる。時節柄の光に照らされ、にぎやかな夜を過ごす紅葉の下の、水面に灯る沈黙の火が、ささやかな過去を炙りだす。あの人の心が垣間見えるかと思えば雲は流れ、それがいっそうあの人の心へ己を向かわせる、美しき一兎を追う青年のように、自然の見境なく、音を立て飛び込む果てに狂気の冬があるならば、今夜も静かに去れ。朱に染まる可愛いらしい頬も、青空に映える紅い唇も今夜の夢を満たせばいい。幾重なる落葉は何処か遠くへ行くことはない。一枚の黄葉の枯れたのを拾って朝の朦朧とした青空に垂らしてみる、眩しさの中にも、きっと形があるだろう。

ともに

小さな判子屋の玄関から
みめのまるい子どもが飛び出た
判子屋から飛び出たから判子屋の子どもだと思えば
颯爽と隣家へ入っていき「お母さん」と呼んだ
隙間のない家々を往来する子どもは風のようだ
花壇の諦められた裏庭も
薫りたつ台所の窓も
衣を寄せ合うもののように
喚び醒まされた記憶を愛撫して
ほぐれた糸を生活のうえにおとす
母の編んだニット帽をこぶり
外へころがる秋の子どもよ
弦を鳴らす駅の小鳥に
彼に尋ねてみよ
君のさえずる音楽を
ぼくも奏でられたらなあ
それが私か 私は音痴なものでね
態と置き忘れた文句もあったろうか
そのまま私たちはころがって
街の合唱に加わろうと
純真に走った秋の夕暮れは深く
いまだ少し暖かい








風来

刹那の喜びが朽葉に埋れる。大樹の撒いた彩りの芸術が在せば、その下で、かつて身を寄せ合い共にした時と言葉が記憶の中に沈んでいく。求めているのは永遠で、決して忘れまいと誓う。思い出が根を音符のように着けたとき、雨粒は叩き、鳥たちは啼き、土地の響きは重唱を轟かせよう。雁は飛び、影のさすらえば、未だに胸の独り高鳴るものなのか。天来の伊吹に万物の重唱は砕け散って、はなればなれの男と女が見るのは散りゆく木の葉で、風が吹き、秋の訪れを知らせる。空見る人の足元に、未知なるモノの気配がある。

晩秋

享受した娯楽に感謝を、そして燃やせ、軽蔑に笑みを含ませ、天高く嗤い声が起こる、帰ってくるのが雨だと良い、彼らは醒めやらぬ昂奮で、人生の讃歌を歌い尽くす。私は残火を隠して秋風を越し、口笛を吹くように晴空を呼ぶ。人生が娯楽だらけで苦しいか、憂き世も浮きぬものならば、おのれの重みを省みよ、鱈腹食べた悦楽で己が鼓に聞いてみよ、人の世に棲む意地悪虫よ、眠れば極楽起きれば地獄、此処は棲むよなとこじゃない、さアお前とやらもついてこい、それが嫌ならついてやる、厄病ならねば強壮薬さ、お前が受ける官能を、あの手この手で加速させ、いつかお前も秋の風。寒々として晩秋、灰塵吹けば、焦がれた夢の殻の残れり。